なぜTorが必要なのか
2026/3/30
以前、「ブラウザの匿名性について」という記事でフィンガープリント対策を書いたけど、それだけでは匿名性を担保できないんだ。どれだけフィンガープリントをユニークでないものにしたとしても、IPアドレスが同一であれば同一人物によるアクセスと判断されうるからね(実際には不合理な判断だけど、可能性はあるし、そう判断された事例にも直面したことがあるよ)。
- ノーログVPNは単一障害点になるよ
- 監視の目はどこにあるかわからないよ
- 検索履歴ってもはや思考の履歴だよね
Torとは
詳細はWikipediaを参照のこと。
クライアントとサーバーの間に何台ものサーバー(ノード)と暗号化を介することで、誰がどこへアクセスしているかを隠すことができる技術だよ。なんとTorネットワーク内にサーバーを建てることもできて(Onion Service, 旧Hidden Service)、そちらもサーバーの所在地が秘匿されるよ。
ノーログVPNじゃだめなの?
ノーログは信用ならん
VPNはクライアントとサーバーの間に一台のノードを挟み、Torは3台以上を挟む。出口ノードが汚染されていてもHTTPS通信されていれば出口ノードにこちらに関する情報が渡らないのに対して、ノーログVPNがこっそりログをとっていた場合は自分がどこにアクセスしていたかが記録されるよ。(Onion Serviceについては出口ノードは関係ない)
ノーログVPNが実際にログをとっているかどうかは、その業者のサーバーが押収されたり第三者による監査が入ったりすることでわかるよ。押収されても警察が何も手がかりを得られなかったなら、そのVPNは本当にノーログだったと言っていいと思う(何を以てノーログとするかという議論もある)。
VPNは単一障害点になる(Torは分散されている)
VPNはそこが潰れたり汚染されたりしたら終わり(汚染された状態とは、悪意ある何者かによってログを取られて監視されること)。Torは多数のボランティアによって支えられているノードの集合だから、一つ汚染されたところで大きな損害にはならないのさ。
なぜ一般人が匿名でいられるべきなのか
プライバシーの侵害は実害になる
あなたがどんなウェブサイトを見ているか、何を検索しているか、それ自体は誰にも迷惑をかけていない個人的な行為に過ぎない。でも、その記録が残り続けて、集積されて、分析されたとき、それは実害を生む材料になるんだ。
たとえば中国の社会信用システム。行動データに基づいて個人にスコアが付けられ、スコアが低ければ公共交通機関の利用を制限されたり、子どもの進学先に影響が出たりする。中国の話でしょ? と思うかもしれないけど、構造は日本にも存在する。クレジットカードの審査や保険料の算定は行動履歴に基づいているし、ビッグテックが保有する閲覧履歴と広告プロファイルがこれらの判断材料に流用されない保証はどこにもない。既にアメリカでは自動車保険の算定にドライバーの行動データが使われている事例があるよ。
やましいことがなければ困らないというのはあまりにも楽観的。やましいことがなくても、データの解釈次第で不利益を被る。閲覧履歴が信用に直結する世界は、すでに半分実現しているよ。行動に基づいた信用システムもインターネットの監視機能もそろっていて、あとはそれをくっつけるだけ。
スパイ防止法に備える(他国では監視システムはすでに稼働している)
スパイ防止法(俗称)について議論されることがある。まだ具体的な内容は何も決まっておらず、調べてもふわっとしたことしか書かれていないんだけれど、将来もっと治安当局によるインターネットの監視がしやすくなる可能性がある(現在は犯罪が起きたり"正当な"理由で開示請求が行われた時にのみISPやサーバーのログが開示される)。
将来ではなく現在の話をしよう。2013年にエドワード・スノーデンが暴露したPRISMの存在を忘れてはいけない。PRISMはNSA(米国家安全保障局)が運用する監視プログラムで、Google、Apple、Microsoft、Facebookといった大手テック企業のサーバーから直接データを収集する仕組みだった。対象はアメリカ国民だけではない。インターネットを使うすべての人間が潜在的な監視対象だった。
PRISMの存在はスノーデンの暴露によって初めて明るみに出た。つまり、暴露されるまで誰も知らなかった。この事実が示しているのは、今は監視されていない、という前提そのものが信用に値しないということだよ。日本の法制度がどう変わるか以前に、あなたの通信は既にどこかの国の情報機関の射程圏内にある。
街中の監視カメラを容認して、次はインターネット上の検閲。犯罪者しか困らないからと言ってこれらを受け入れ続けた先に待っている世界は間違いなくディストピアだよね。
マイノリティを保護する
世界中で差別されてきた、そして現在も差別され続けている属性がある。彼らのコミュニティを人に知られるとまずいからその属性がなんなのかは書かない。彼らはその属性を持っているというだけで、何も悪いことをしていないにも関わらず犯罪者と同じように扱われ、迫害され続けている(犯罪者を迫害するのもだめだよ!)。そんな人たちのためのBBSがTorネットワーク上に存在するんだ。彼らにとってそこがほとんど唯一の居場所になっているよ。
ネットサーフィンは内心に直結している
よく「監視カメラがあっても善良な市民は誰も困らない」と云われ、あまつさえその論理をインターネットに持ち込んで、インターネットの活動は監視されるべきだと主張されることがある。でも街とインターネットでは前提が違うんだ。
街を歩くときは衆目に自らを晒すことが当然であって、もちろんその覚悟を以て歩く。でもインターネットは違う。検索バーに言葉を打ち込むという行為は、自分の頭の中にある疑問や関心をそのまま外部化する行為だ。何を調べ、何を読み、何に時間を費やしたか……それはほとんどその人の思考の軌跡そのものだよね。つまりインターネットを監視するということは、人々の思考を覗き見ることに限りなく近い。
日本国憲法第19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と定めている。思想の自由が保障されるためには、思想が観測されない空間が必要だ。思考の過程が逐一記録される環境で「思想は自由です」と言われても、それは形骸に過ぎない。
現在、サーフェスウェブ全体は実質的にビッグテックのトラッカーによって監視されている。トラッカーの除去やTorネットワークは、その監視網の中に「観測されない空間」を確保するための手段なんだ。思想の自由が絵に描いた餅にならないための、技術的な裏付けと言ってもいい。まさにこれがサイファーパンクの求めるところ。あえて監視しない社会よりも、物理的に監視できない社会を作ろうという運動。
余談:パラノイドは見られたくない
あたい(トラッキングを監視と捉えて恐怖する)は見られたくない。見られない場所が欲しい。そしてそこを広げたい。あたいの加害を目的としてトラッキングされているわけではないことを重々承知の上で、トラッキングその他あたいを見る目は潰されなければならない。
まとめ
- ノーログVPNは単一障害点になるよ
- 監視の目はどこにあるかわからないよ
- 検索履歴ってもはや思考の履歴だよね